多様性とは違いを認める事

表現やコンテンツに関して

 

こんにちはハッピーライドです。

今日は言葉や表現についての多様性という話をさせてください。

言葉や表現が誰かを嫌な気持ちにさせてしまう事ってありますよね?

僕も沢山「ん?」って思ったり嫌な気持ちになった経験があります。
それが意図的ならネガティブなものからくる考えだと思うんです。
心がズーーーーンてなる感じ 誰もがあるんじゃないでしょうか?

これは、そういった事が分かった上で‥の話になるんですが

(そしてアーティストやクリエイターやマーケッター
あるあるなのかもしれません‥と前置きします)

「この写真やデザイン、曲には、この言葉があう!!」

この表現じゃないと刺さらない!!

っていうのがあるんですよね。

何回も考えに考え抜きペルソナ立てたり、自社の強み弱み、理念を基に

ぶれずに これで行こう!!という仮説をたて沢山シュミレーションをして世に出すんですよね

例えばこの表現とか・・ゲームの中でのキャッチとして何をするかを一言で表すときに必要になるんですよね?
聞き手は3秒しか立ち止まってくれないとSNSコンサルの方に言われたことがあります。
とするならば・・「歩けないを体験セヨ」一言で 刺さなきゃならないのです。
そもそもゲームの中の話なんですよね。
歩けないのが・・・という論点とは少し違うと思っています。

そして多様性を重んじてる僕等だから賛否を受け入れるし
こんな意見もあるよね と受け入れないまでも、そう思っていただけると共生社会につながるとおもんです。

豚肉を食べたらダメな国があって、外でお酒を飲むと捕まる国があって、ハイソックスはダメな学校があって
価値観が違う人たちが、同じ地球や日本で暮らしているんだから いろいろあるし難しいんですよね
争いではなく対話!!これにつきるのではないかな?そんな気持ちがします。

共生社会体験ゲームの完成に向けたプログラムで改めて感じた一日でした。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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