7月28日、熊本で大きな地震が起きた。
大きな被害が出た地域では、今も多くの人たちが復旧に向けて頑張っている。
ニュースやSNSで現地の状況を知り、
物資を届ける人がいる。
ボランティアに駆けつける人がいる。
「何かできることはないか」と動く人がいる。
被害の大きな地域には、まだまだ多くの支援が必要だと思う。
でも今日、僕は電話の向こうから、
ニュースにはなかなか映らない、もう一つの「被災」を知った。
盲導犬と暮らす、全盲のHさん
熊本県内に、盲導犬と暮らす全盲のHさんがいる。
僕は近いうちに被災地域へ入り、困っている人たちの話を聞き、少しでも力になれたらと考えていた。
そこでHさんに電話をした。
「Hさん自身、何か困っていることはないですか?」
そして、
「周りに困っている視覚障がいの方はいませんか?」
そう尋ねた。
返ってきたのは、思ってもいなかった言葉だった。
「ごめんね。今、人のことまで考えきらんくらい、心がやられてる」
僕は言葉に詰まった。
Hさんが暮らしているのは、幸いにも大きな被害が出た地域ではなかったからだ。
でも話を聞いていくうちに気づいた。
家が壊れていなくても、人は被災する。
僕が知らなかった災害が、そこでは今も続いていた。
家が壊れていなくても、安心して眠れない
余震が続いている。
目が見えないHさんは、揺れが来ても周囲がどうなっているのかを目で確認することができない。
何かが倒れていないか。
外はどうなっているのか。
次はいつ揺れるのか。
その不安の中で、安心して眠ることができない日が続いているという。
さらに、Hさんの生活を支えている盲導犬にも変化が起きていた。
揺れが起きるたびに普段とは違う様子を見せ、いつものように仕事をすることが難しくなることもあるという。
Hさん自身も怖い。
盲導犬もいつもと違う。
それでもHさんは、
「自分がしっかりしなければ」
と気を張り続けている。
そして生活に欠かせない水にも制限がある。
水が使える時間に、使えなくなる時間のための水をためておかなければならない。
目が見えない中で、それを続けている。
家が倒壊したわけではない。
テレビで大きく報道されるような被害が出た地域でもない。
それでも、Hさんの日常から「安心」は確実に失われていた。
「被害が少ない」と「困っていない」は違う。
今回、Hさん本人から話を聞くまで、僕はこの状況を知らなかった。
ニュースからも聞こえてこなかった。
SNSでも、僕のところまでは届いてこなかった。
もちろん、大きな被害が出た地域を報道することは必要だ。
限られた人や物資を、被害が大きな場所へ届けることも必要だ。
誰かを責めたいわけではない。
むしろ、だからこそ気づいたことがある。
被害の大きさだけでは見つけられない「困りごと」がある。
特に高齢者や障がいのある人の中には、自分の状況をSNSで発信することが難しい人もいる。
そして、
「自分より大変な人がいるから」
「私なんかが助けてもらったら申し訳ない」
「もっと困っている人のところへ行ってあげて」
そう言って、自分を後回しにしてしまう人もいる。
だから、
声が聞こえない=困っていない
ではない。
困っていることを、外へ届けることができていないのかもしれない。
災害で失われるのは、家や道路だけじゃない
災害によって傷つくものは、建物や道路だけではない。
安心して眠れること。
明日も大丈夫だと思えること。
困ったときに誰かを頼れること。
そして、
「自分のことを気にしてくれている人がいる」と感じられること。
そんな目に見えない「安心」も、長く続く災害の中で少しずつ削られていく。
大きな被害があった地域には、多くの支援が集まる。
たくさんのボランティアが駆けつけ、人と人とのつながりが生まれることもある。
一方で、被害が比較的小さく報道されにくい地域では、その機会自体が少ない場合もある。
余震は来る。
不安は続く。
でも、その不安は外から見えない。
「ここは被害が少なかったから」
その言葉の陰で、
誰にも気づかれないまま、不安を抱え続けている人がいるかもしれない。
これも、福祉防災なんだと思う。
僕たちが普段から考えていることがある。
困っている人ほど、「助けて」と言えるとは限らない。
「困っていませんか?」
と聞いても、
「大丈夫です」
と答える人がいる。
遠慮する人がいる。
自分より大変な人を優先してほしいと考える人もいる。
だったら、
声が上がるのを待つだけじゃなく、こちらから見つけに行く。
会いに行く。
話を聞く。
顔を合わせる。
何でもない話をする。
「あなたのことを気にしている人がいるよ」
と伝える。
水や食料を届けることだけが、災害支援ではないと思う。
誰にも見つけてもらえていない不安を、見つけに行く。
それも、僕たちがやる福祉防災なんだと思う。
だから、Hさんに会いに行きます。
予定を少し変えて、Hさんのところへ行くことにした。
何か大きなことをしに行くわけじゃない。
Hさんが好きなものを持って。
盲導犬が喜びそうなものも持って。
ただ、会いに行く。
そして僕の声を聞いて、
「本当に来たんだ」
と思ってもらえたらいい。
それだけでHさんの不安がなくなるなんて思っていない。
余震を止めることもできない。
断水を僕が解決できるわけでもない。
でも、一人じゃないと思える時間をつくることはできる。
今回、Hさんの話を聞いて、改めて思った。
被害が少なかった場所にも、災害は続いている。
ニュースにならない場所にも、不安はある。
SNSに投稿されていない困りごともある。
そして、
声が上がっていないことと、困っていないことは同じではない。
だから僕たちは、
避難することをあきらめている人。
人に頼ることを遠慮してしまう人。
「自分は大丈夫」と自分を後回しにしてしまう人。
そんな人たちのところへ、こちらから会いに行きたい。
そして伝えたい。
遠慮しなくていい。
頼っていい。
あなたのことも、ちゃんと気にしている人がいる。
そんなことを伝えられる団体でありたい。
まずは一人。その人を安心させるために

